自信を持つということ

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「自信を持て」と言われても、ピンとこないどころか、今の私は、自信なんてものは全くないよという人に贈ります。「自信の持てる人間は、能力がみなぎっていて、なんでもできる」と考えていませんか?「自分は能力がないから,自信が持てないんだ」と。

 

実は、自信と能力はあまり関係がなかったりする。

しかし、世の中の天才と呼ばれる人たちは、とてもじゃないが、普通の人にはできることができないことが多かったようです。

 

アインシュタインは、学校の成績は悪かったそうです。

 

一般相対性理論と特殊相対性理論の違いを説明することができるのに。

 

アニメに出てくる普通の可愛い高校生は逆です。

 

彼女ら高校生は、教わったことはある程度わかりますが、教わらなかったことはわかりません。

 

アインシュタインも「わかんないけど、やってみるか」という感覚でやりはじめたと思います。たぶん。つまり、自分の理論には自信があったけど、証明できるかどうかはよくわからなかったので、とりあえず証明するアクションを起こしてみましたという感覚です。

 

自信は、自己肯定感とはちょっと違うので、誰にでもあることが多い

 自信って何ですか?と聞かれると、「うーん。自分を肯定する感覚かなぁ」と自己肯定感をアピールする方がいます。自信は、文字通り自分を信じるだけなので、自分を肯定しようが、否定しようが「自分を信じている」=自信なのです。

 自分ができないことを信じても、自信なわけで、自分をひたすら肯定する自己肯定感はあんまり関係がないのです。自分への肯定感があろうと、なかろうと、自分の能力や考えをある程度のバイアスをかけていながらも、信じているのですから、自信というのは、あるなしではなく、たいていの人には、あるものなのです。

 

自信がないの正体

では、なぜ、自信がない人は、自信がないというのでしょうか?

「自分をまったく信じることができない。」という感覚は、主に2パターンで発生します。

①自分の能力が課題と比較して、対処しきれないと感じているから

②自分が無意識下で何かやっているのではないかと感じているから

 

 ①は意識的な行動が多いですが、自分が考えている課題に対して、自分が対処しきれていないと考えていることに問題にあります。これは3つのパターンが考えられます。

①‐1「課題」が大きすぎる、もしくは「課題」を大きくイメージしている

①‐2「自分の能力」を低くイメージしている。

①-3  実際問題として「課題」>「能力」である場合

  ②は病気的な要因(夢遊病)や別人格がなどがほとんどですが、「無意識下で行っていること」の1つに習慣があります。習慣でやっていることが、人を傷つけたり、自分と思っている方向に話が行ってしまった。。というパターンです。

このパターンは①と違って、「私は自分が意識していないときに何か恐ろしいことをしているのではないか」と自分への恐怖もあることが特徴です。他の人からの指摘や診断が必要になってくる場合もありえるため、悩みを相談する意味も込めて、医療機関で診断されることをお勧めします。

 

自信がないときの対処法

1.自信があるときとの違いを見極める

自信がある時がすぐにイメージできる場合は、その時の様子を振り返ってみて下さい。

・客観的な証拠がある場合

・自分の考えたプロセスに間違いがない

・課題に対して、正確に把握している

 

もし、自分に自信がある場合、自信がないと考えている今と比べ、何が違っているでしょうか?そのように考えてみると、答えを見つけることができるかもしれません。

 

2.「自信がない正体」から要因分析する。

先ほど、自信がない正体については3つパターンがあると話しました。

その3パターンによって解決策が違うと思いますので、分析したいと思います。

 

①‐1「課題」が大きすぎる、もしくは「課題」を大きくイメージしている

 このパターンの場合、人付き合いが苦手な人は、「友達に恥ずかしい姿を見せれない」と考えているかもしれません。

 

そのため、人に「誰にでも慕われる人気者にならなければいけない」と考え、一生懸命頑張っているからかもしれません。

女性と話が苦手な人は、「女性に(略)」と考え、「相手が女性の場合は、さらに誰にでも慕われる人気者に」と実現不可能なイメージをしているかもしれません。

 

 アニメ等で主人公がハーレムを作っているのは、案外上記の課題を私たちが無意識下に思い込んでいるからかもしれません。

 

 また、ハーレム系主人公は、たぶんですが「誰にでも慕われる人気者にならなければいけない」とふるまって、ハーレムを作っているわけではないのです。

 

自分のハードルを下げまくって、下手したら「恥ずかしい姿でも何でも見せてしまおう」位考えていると思います。

 

そう考えると、ほぼヒモに近い主人公「間違えて女湯に入ってしまう」「女子更衣室に入ってしまう」などのラッキースケベも案外、普通なのかもしれません。対処法なのですが、色々あります。

 

 解決策:犯罪にならない程度ラッキースケベをするのも一手かもしれませんが、それよりも良い方法は、あなたが持っている「実現不可能なイメージ」さんを、声や文字で具現化して、そのイメージをずっと観察してください。

 

イメージさんも日常生活を送っていると思うので、その中から「今の自分にでもできること/環境/習慣/行動等」をとりあえず1つできそうな範囲でやってみてください。

 

それをやると自分の考えているイメージの距離感が分かり、「俺の考えていたことってこんなことだったんだ」と実感すると思います。

 

この課題は「論理的にわかる」ことよりも「感覚でわかる」ことがはるかに重要なので、とりあえず実践してみて下さい。ただ、

①‐2「自分の能力」を低くイメージしている。

 よくあるパターンです。

実際、仕事として振られたら、やってしまった人がそのパターンであることがほとんどです。

自分の能力が低いかどうかは、社会的地位などでわかることがあります。

 

ただ、このパターンは、先ほどの①-1と絡み合っている場合があります。

 1.自分を客観的に判断できるような、経験をしたことがない

 2.ごっちゃになっていて、課題と能力どちらも正確に把握できていない。

 

 解決策:①‐1と同じことを実践してみて下さい。それでもダメな場合、カウンセラーなどに相談されることをお勧めします。客観視することが重要です。カウンセラー?って思われた方、病気になってからよりも今のうちに誰かに相談することが重要です。相談にのることも技術がいることなのです。

 

 

①-3  実際問題として「課題」>「能力」である場合

 この場合も課題を小さくすることが重要です。

 

私の話をします。

いじめなどにあった人間は、人間不信になります。

 

そもそも人間不信&距離感がつかめていないのですから、共感できない項目があれば、疑うし、極力避けます。まず、いじめられた経験のつらさを共感や理解をしてもらいたいと考えているのです。このプロセスを経ずして、自分を変えよう、自分の課題や実現不可能なイメージを認識するのは至難の業です。

 

カウンセラーなどに共感してもらうことが手っ取り早い方法ですが、スキル差が激しいのでご了解ください。

私は、計算結果を人に言うことが苦手でした。「計算結果を言う」ことで失敗した自分が過去に何度もあったからです。

私は、小学校と中学校の時、人にいじめられていたのですが、人前にいるときは、いつも緊張していました。「いつ人に叩かれてしまうのだろう」と思って、恐怖におびえ、警戒していたからです。

上記の経験が与えた歪みは並大抵のものではありません。

・人に自分の気持ちを素直に伝えることを極端に恐れていました。

・文章を書いていると、「人によく見られなければいけない」恐怖にさいなまれてしまいます。なので、文章で人に指摘されるのは本当に憂鬱です。

・いじめをしていた人間がスポーツをしていたので、スポーツマンを見ると、「どうせこの人も陰では人をいじめているんだ」と思って、見ないようにしています。

・スケート選手とか見ると、「どうせスケート靴で人を殴って、一生もののけがをさせているんだろう。でも有名人だから、ばれていないだけで」と考えてしまいます。こういった人とは目を合わせないほうがいいと思います。

・世の中の犯罪の大半は見逃されているのだろうと考えています。

・相撲を見ると本当に不愉快です。「どこいっても人を殴っているんでしょ」と思うからです。

 

 

 私は「誰にでもいじめられない人にならなければならない」「過去を全部黒塗りにして思い出したくない」の行動パターンに慣れ切っていたので、極度の緊張やリスクになるような行動を避けてきました。

 

書き出すとわかると思いますが、「誰にでもいじめられない人になるための上記アクション」は現実世界では、随分無理があります。

 

 出来ることはやっていますが、どうしてもすぐにはできないところが発生するため、適度ではないストレスになるのです。

 

すぐにはできない事態が発生し、「慣れていないことをやれ」と言われたら、やれないと思います。

もし、「自分って無理をしているのかも?無理難題な思い込みを叶えようと考えている自分がいるのでは?」と振り返れたら、もうその時点で、気づくことができています。

 

「自分が誰にでもいじめられない人になる」という課題が大きいことを自覚できた時点で、感覚的にわかるようになるのです。

 

 

こころのおそうじ。 (だいわ文庫)

今回、ブログに書きたくなったのは、この本の影響です。

 

感想:「こころのおそうじ」と書いてありますが、言いたいことはわかるのですが、共感できない点が多いです。

 

あと「おそうじ」という内容に間違いはないのですが、おそうじは体力や気力を使います。

 

読むだけで、気持ちが楽になると書いてありますが、気力を結構使う本だと思います。本当に疲れている人にとっては、買わないことをお勧めします。

 

 

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