世間への反抗は、自分の考えを変えたい証拠

▼世間への反抗

コドクを愛する瞑想家 hiroです。

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本日のテーマは「世間へ反抗する人」です。

 

世間へ反抗する人は、自分の価値観や考えを変えようと

反抗する人がいます。

 

無力と感じる人は、自分を客観視しすぎる傾向にあります。

 

世間という存在に常に見られている感覚を常に味わっています。

 

 

▼世間で生きることを強制されてきた私たち

非常に生きづらい社会になったと思う。

 

「世間の目を気にして生きてきなさい」

 

そう、社会や教師たちは言う。

 

しかし、それは本当なのだろうか?

 

一体、誰がこんな生きづらい社会にしたのだろう?

 

君は確かに無力かもしれない。

 

そして、私も無力だ。

 

そんな無力な僕たちを苦しめる「世間」について、3冊紹介します

「世間」とは何か (講談社現代新書)

 

 

日本を滅ぼす〈世間の良識〉 (講談社現代新書)

世間という言葉は、私たちを孤立させる恐ろしい言葉だ。

 

世間と私という隔離された世界で、私たちは孤独感にさいなまれる。

 

私たちは本来、社会で共同で生きているはずなのに

 

この言葉による区別であらゆる問題を

 

「世間に迷惑をかける」という呪いの言葉で

「自分の問題で自分で解決する必要がある」

 

と思い込んでしまう。

 

目くじら社会の人間関係 (講談社+α新書)

世間に暮らす僕たちは、世間に支配され、世間体に従うことを求められる。

 

たとえ、それが犯罪だとしても、平気でやってしまうのだ。

 

この本を読むことで私達は、世間にいかに支配されているか実感できる。

 

世間なんて概念を教えた輩はいったい誰なのだろうか?

 

君は無力でも何でもないのだ。

 

君を無力だと思わせて、自殺させることに喜びを感じる変態がいるだけなのだ。

 

 

▼世間で生きることが無価値になってきた

そんな世間に無価値観が漂ってきました。

就職しても必ずしも課長になれる世界ではない。

そうなってくると、就職がゴールでないことが当たり前になってきたのです。

また、会社員をまっとうにしてきた老人たちの末路の悲惨さを実感してきたのです。

とある雑誌で、書かれた部長の話です。

50歳を過ぎた彼は部長になっています。

世間一般の基準では、大企業B社の部長と言えば立派な立場です。

しかし、社長を目指してきた彼には昇進が遅すぎて不満です。

同期の中では、既に専務や副社長になった者もいます。彼にいわせれば、ライバルだった同期は「頑張ってこなかった、上昇志向がない連中」のはずでした。

彼らより出世が遅かったのです。

 

次期社長はそんな同期の中から選ばれるのは確実でしょう。

彼が社長になる可能性は限りなくゼロです。一方で入社した頃はピカピカに輝いていたB社は、この十年間で売り上げ半減。

彼の目下の仕事は人員削減です。

 今、消費者はワガママになり「つくっても売れない」時代になりました。

ニーズは多様化しています。

高度成長期は、市場は大きなくくりでまとまっていました。

つまり、役割は勝手に与えられていたのです。

 

しかし、多様化したニーズに対抗できないこのような細分化した市場では、「顧客に特化する」ことが何よりも必要であり、競争する意味そのものが失われています。

 

現代では、競争の兆候が現れたら、戦わずにできるだけ早くその場を立ち去り、戦わなくても済む新天地を探すことが大切です。

 

つまり、既存のレールに乗るといった競争社会はとっくに終わっているのです。

 

▼コミュニティを選ぶ時代に。個の考え方が重要に

世間に反抗するようになったら、それは、自分が変わりたいと思っている証拠です。

 

つまり、自分が属しているコミュニティを選ぶことが重要なのです。

 

自分が属しているコミュニティに所属するためには、自分を振り返ることが何より重要になるのです。

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